通訳のお仕事はAIに乗っ取られるのか

昨今、人工知能の発達によって将来消えるお仕事はなんぞやという議論がよくなされる。

 


私自身、通訳をしているためこの話題が出る度、身につまされる。

 


最近は自ら「通訳って斜陽産業なんですよね~」と説明することも多い。

 


実際、機械学習を味方につけた機械翻訳の勢いはとどまることを知らない。

 


気軽に低価格で持ち運べるデバイスもあれば、スマホのアプリで対応できるものも多々ある。

 


音声を元に自動翻訳をするだけでなく、文字起こしできる機能が至る所で見受けられるようになった。

 


私もリアルに現場で(もはや機械に自分の仕事を奪われるのではないか)と危惧する経験を何度もしている。

 


ただ次の瞬間、それは杞憂であることがわかった。なぜなら大画面に映し出された文字起こし字幕は話し手の内容とは全く異なっていたからだ。

 


それどころか複数ある大画面に表れた文字、それはあろうことか「男性にあって女性に無いもの」であった。しかもその言葉の出現は一度限りでは無く、連発された。

 


私は内心ほくそ笑んだ。しばらく通訳のお仕事がとって無くなることはない気がしたからだ。

 


偶然、この体験を機械学習のプロに説明する機会を得た。すると彼は「ライバル社の陰謀かも知れませんね」と冗談を言いながら笑っていた。

 


とはいえ、これが時間の問題だというのも重々承知している。デジタル変革は指数関数的に加速度を増しているではないか。

 


となると、通訳を生業として生きている我々はどう生きていくべきなのか。

 


まず、どんな職種においても生き残れるのは上位5パーセントだと言われている。

 


大げさに聞こえるかもしれないがあながち誇張とも思えず、生き残りをかけるのであれば、通訳としての力量以外に、コミュニケーション能力や得意とする分野の専門知識は必須だろう。

 


それ以外に個人の成長戦略として、顧客の問題を解決できるよう付加価値を与えられる立場にいなければいけないと常々思う。

 


そのために必要なのは、情熱、知識、スキル、人脈ではないだろうか。

 


加えてより一層貢献できるよう「最善の時と場所で最善の人となる」というのをモットーに掲げている。

 


おかげさまで今は通訳以外のお仕事も受注させて頂いているが、ついこの間、通訳をする上で再び情熱に火を点けられる経験をした。

 


それは、偶然ユーチューブの動画である人物に出逢ったことによるものだ。

 


彼の名は知る人ぞ知る、秋山燿平氏。彼は10ヶ国語を自在に操りマスコミでも多く取り上げられている。

 


東大薬学部に進学した彼は唯一無二の存在になるため、10ヶ国語をマスター、結果として大学を中退するがユーチューブの登録者数は12万7千人を誇っている。

 


特に私が感動したのは彼が中国語で中国の学生に講義をしている動画を観た時だった。この動画の再生回数はなんと55万回を越えていた。

 


それだけでもすごいのに、さらに彼の言葉に感動したので動画の字幕を引用させて頂く。

 


「これは私がよく使う言葉です。もし英語で話したら、あなたの言葉は耳にしか届かない。でも相手の母国語で話したら、その言葉は相手の心にまで響く。相手の母国語で話すことで、始めて心を通い合わせることができる。だから私はいつも意図的に相手の母国語で話すようにしています。」

 


私は心の中で彼の言葉を反芻した。正直、通訳として自分の将来ばかり案じていた自分を恥じた。同時に、彼の言葉によって小さい頃に抱いていた想いを思い出させてもらったため、荒んだ心に火を点けられた瞬間となったのだ。

 


「大企業で働いてきたのに(それを辞めて)、なぜ今、(わざわざ)通訳をしているんですか?」という質問を受ける度、「小学校の卒業文集の将来の夢に通訳になると書いていたんです。」と答えるようにしている。

 


すると「なるほど、本来の理想に戻ったんですね。」と納得してもらいやすい。

 


とはいえ、もともと「英語を話せるようになって世界中の人と繋がりたい」という想いで夢を描いていたにも関わらず、通訳がいつのまにか日常のお仕事になりつつあった今、秋山耀平氏のおかげで埋もれていた情熱を奮い立たされた気がした。

 


シンガポールに来て早20年、「英語以外に何が話せますか?」と訊かれる度に俯いていたけれど、2020年こそはずっと先延ばしにしていた中国語をマスターし、通訳ができるレベルに引き上げるという目標を掲げようと思う。

 


目の前の人達と彼らの母国語で心を通い合わせる時間を大切にできれば、それほど幸せなことは無いのではないか。期せずして彼らとの向き合い方を問い直す良い機会になったことは間違いない。