女性が多いと会議の時間は長くなるのか

今、巷で話題の発言について、私も女性のはしくれとしてコメントせずにはいられない。皆さんはどのようにお感じになられただろうか。

 

正直、発言者に対しては、(失言、再び)といった感じで、すでに長年の間に免疫ができていたようで、驚きを通り越して静観するような心持ちですらいた。ご高齢だし、という思いもありフラットであった。

 

ただ「女性が多いと会議の時間が長くなる」という発言内容には、とても引っかかった。私が女子校出身だからかもしれない。そんなことを比較するという概念がそもそもないことにも気付かされた。

 

ある時、会議室に美しい絵が掲げられており「とても綺麗な絵ですね」とお伝えすると「女性らしい感性ですね」とおっしゃって頂き、とっさにキョトンとしてしまった。

 

どうやら私の表情が意外だったらしく、女性という言葉を使われたことを申し訳なく思われたようだった。それに対して私も申し訳無くなってしまった。

 

普段、女子トイレに行く時以外は、あまり女性を意識していないのだが、なるほど、私は自分が思っている以上に男性に女性として認識されているんだなぁ、と感心してしまう。

 

確かに海外ではレディーファーストの概念があるため、男性も女性を意識しないわけにはいかないのであろう。

 

一方で、私自身は海外で生き抜く上で、最も大切なことの1つは、出会ってすぐに相手の魂の本質を知るということだと直感的に感じている。

 

具体的には、お相手の性別、年齢、国籍、人種に関わらず、その方のエネルギーや波動を感じて、できる限りその方について理解するということだ。

 

ソーシャルメディアの投稿でもそれは訓練ができ、だんだん詐欺師かどうかも直ぐに判別できるようになり、初対面の方にも「全てを見透かされている気がする」と言われることもよくある。

 

あっ、気が付けば、早速、話が遠回りしているので、「ユミさんの話が一番長いわ、女性らしいね」とツッコミが入りそうなので、本題に戻す。

 

何が言いたいかというと、私はなるべく人の本質を見抜く上では、その方の魂にアクセスするよう心がけ、社会的な行動様式に合わせる上では、必要に応じて性別を意識するようにしている。

 

では「会議の長さ」に関してはどうだろう。個人的に私が思うのは、これはスキルレベルの話であって、ファシリテーションのノウハウを学べば済むだけの話ではないかと思ってしまった。

 

先日、シンガポール和僑会で会員の方のご厚意で、素晴らしい講師をお招きしてポータブルスキルとしてのファシリテーションスキルを教えて頂いた。

 

講師の柴田励司氏は2007年、経営コンサルティング事業と人材育成事業を柱とする株式会社Indigo Blueを創業。現在は同社の代表取締役会長を務めるかたわら、講演活動などを通じて人材育成に携わっておられる。

 

たった2時間という短い時間にも関わらず、長年にわたるご経験に基づいた知見をこれでもかというほど、惜しみ無くシェアしてくださった。

 

「優秀なプレーヤーは、なぜ優秀なマネージャーになれないのか?」という著作も購入したが、大変役に立つ内容であった。

 

このようなスキルレベルで解決できる枝葉の話を、わざわざ性別の話まで持ち込んでしなくても良い時代が来ることを願って止まず、これを機に研修の重要性を声高に叫ばずにはいられない。