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新年の抱負「ほめ上手になりたい」

世の中にはほめるのが大変上手な方がいる。

 

10年以上ぶりに出会った同僚と昔話で盛り上がった時のこと。「『とてもお上品な声で話すこれぞ日本人といった女性がいる』と評判だったよ〜。」と言われた。

 

ほぉ〜、私はそんな風にシンガポールのローカル人にほめて頂いていたとは知らなかった。

 

「オフィスのどこにいてもゆみちゃんのバカ笑いが聞こえるよ〜(爆笑)」という「耳撃談」はよく耳にしていただけにその大きな落差に衝撃を隠せない。

 

私は関西人なので、このようにツッコまれることを大いに望んでいる。というか、むしろ、いつなんどきツッコまれてもいいように人より若干長めの「ボケしろ」を用意して24時間臨場体制で臨んでいる。

 

常に「ツッコまれる」ことを前提に受け答えをするのが習慣になり、今ではほぼ無意識レベルでボケ倒しているようだ。

 

特に飲んだ時などはその傾向がいつになく増し「おもしろすぎる」と悶絶されるが、自ら発した言動の詳細についてはほとんど覚えていない。

 

大学卒業まで関西生まれの関西育ちであり、吉本を観て育った私は、「ボケとツッコミ」は全国区で認知されていると思い込んでいた。これがものすごい思い込みであることに気付かされたのはまあまあ最近だ。

 

以前、東京の方とお話した時には「なんでそんなにずれたこと言うの?」とマジギレ気味に言われてキョトンとなった。国内で激しく「異文化ギャップ」を感じた瞬間である。

 

東京では受け入れられにくかったが、それをそのままシンガポールに持ち込んだところ、思いの外、あたたかく受け止められたような気がする。

 

シンガポールはオフィスに外国人が46%いると言われているくらい多国籍国家だ。宗教も人種も年齢も性別もLGBTの垣根を越えてみんな一緒にお仕事をしている。

 

「みんなちがって、みんないい」という金子みすず氏のフレーズを思い出す。資源の少ない国の国家戦略とはいえ、多様性に対するリスペクトが根付く環境で私は大いに恩恵を受け取っている。

 

電車の中で見かけるお年寄りや妊婦さんへの思いやりもすばらしい。老若男女問わず瞬時に席を譲る。先日もお年寄りがさらなるお年寄りにサッと席を譲る姿を目にして感銘を受けた。

 

そのせいだろうか。シンガポールにいらっしゃる方は違いを寛容に受け止め「人となり」をポジティブにとらえて上手にほめる方が多いように感じるのだ。

 

前述の私へのほめ言葉も、ほめられている私よりもほめているその方のお人柄や品の良さが際だっている。私もそんな風に心に残るほめ方が瞬時にできるようになりたい。

 

「10年前はカンペキな人というウワサだったのに、まさかこんな天然ボケだったとは」と絶句する元同僚を尻目にそんなことを感じるシンガポールで迎える年始に寄せて。