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英語学習は本当に必要なのか

今日は日頃から気になっている議論について自分なりの見解を述べたい。よく英語学習の必要性が問われている。結論を述べよう、私は個人的に「必須である」と考える。

 

巷で「英語なんて普段話さないし、自分にとって必要は無いからいらない」という意見もよく耳にする。でもそんな話を聞く度に、私は口には出さないものの、正直「お金持ちで羨ましいなぁ」と感じてしまう。それは私自身が通訳・翻訳者として収入を得ているからという理由ももちろんあるが、本当に必要な時にはお金を払って通訳・翻訳サービスを手に入れればいいと考えているからと予想するからである。もちろんそこまで必要で無いと思っている人達もいて、彼らは巷に溢れているお金を払わずに利用出来るサービスで十分だと考えているのだろう。

 

日本で英語学習を始めると「英語」を「試験勉強」として捉えてしまう。試験には点数が付けられて評価されるから、自ずと「間違えたらどうしよう」という「不安」や「恐怖」もセットでついてくるのだ。私も長年英語を勉強する中で、この「不安」と「恐怖」に長年悩まされてきた。払拭されたのは比較的最近だった気がする。

 

なぜそんなにも「不安」や「恐怖」に長年悩まされながらも英語を勉強し続けているのか。ふと気が付けば我ながら疑問に思うところもあり、この機会に自らの英語学習歴を振り返ってみようと思う。

 

私の英語学習は小学1年生から始まった。実はもっと前から漠然と外国への憧れがあって、幼稚園の頃にセサミストリートを見たり、学校の先生だった親戚からもらった英語の絵本なども手にしていた。日本ではあまり見られない色彩、独特なタッチ。眺めているだけでまだ見ぬ世界へのときめきを覚えた。

 

日本に住んでいたので英語に触れる機会はもっぱら映画やドラマ。マイケル・J・フォックスの大ファンだったので、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」やドラマ「ファミリー・タイズ」をよく観ていたのを懐かしく思い出す。

 

英語を勉強するうちに「いつか海外で勉強したい」という夢を持った。そんな「いつか」に備えてコツコツ英語を勉強した。NHKラジオの英会話なども欠かさず聴いた。父に相談すると「海外の学校に行くのではなく、会社から派遣されて仕事をしにいくのだったらいいよ。」という返答があった。父からすれば小学校から大学までずっと女子校育ちの私を派遣する会社はないという思いでそう話したのだと今なら容易に想像がつく。だがしかし、そんな言葉を鵜呑みにした恐るべし娘は、本当にそういう会社を見つけてきてしまうのだ。

 

大学も英文学科を卒業、入社時には「パフォーマンスが良ければ海外勤務のチャンスも与える」と言われ、TOEICの点数を上げる目的で英語学習塾にも通った。念願叶ってシンガポールに研修生として派遣してもらえる運びとなった。

 

当時のTOEICの点数は730点。正直、英文学科の卒業生であり英語学習塾に通った割には「?」と疑問符がつく点数だ。それでも私にとっては自己ベストであった。自転車に乗れるようになったのも18歳、車にはまだ乗れない今の私はどうも人様と比べて色々と時間と労力を要するようで、それはもう認めている。

 

いよいよシンガポールでの勤務が開始された。自分では英語を話せる気になっていたが、実は全然、話せていなかった。英語圏では「あなたはどう思っているの?」とよく意見を訊かれる。そもそも「周りに合わせる」思考習慣が身にしみていた「素直でいい子」な私は「自分の頭で考える」という習慣がなかったため、何も話せなかった。英語を話す以前に自分の意見をどう持っていいのか、どういう言葉で伝えていいのかが日本語ですらわかっていなかったのだった。

 

幸い当時は私もまだ20代で、かつJ-POPの全盛期であったため、いろんな方が話しかけてくださった。日本についてとても好感を持ってくださっていて、私以上に詳しい方もおられた。英語で自分の意見すらきちんと語れない私にさえ、それはそれはとても親切にしてくださりどこへ行っても最上級のおもてなしでお出迎え頂いた。そんな日本大好きな外国人に出会う度に、日本人として生まれたことに自然に感謝の念が増していった。

 

「この目の前の人達ともっとつながりたい」そう思い始めてからだろうか。ずっとどこかで引きずっていた「試験勉強の延長としての英語」が「心と心をつなぐコミュニケーション手段」に変わった。「今、ここ」で時と場を共有している人達をきちんと理解したい、相手が私にそうしてくれているのと同じかそれ以上に思いに応えたいと思えた。そうやって真剣に向き合ってから少しずつ伝わっていく手応えを感じ出したのだ。

 

小学6年生の文集に「将来の夢」を書き込んだ。先生曰く小学6年生の時に描いた夢が将来現実になるのだそうだ。そこには確かに「通訳かレポーター」と直筆で綴っていた。何事にも時間がかかる私はやっと英検1級にも受かり気がつけば夢が現実になっている。