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心と体に効く瞑想 <第七回> 〜野生編 (1)〜

ミャンマーの森の瞑想センターでは野生生活も堪能できた。初日に部屋から窓の外に目をやると、樹の上に早速かわいいリスを発見して心が和む。

 

別の窓の外には大きな蛾が止まっていた。なぜか地面と垂直に下を向いているので苦しくないのかなぁと思いつつ、目が合ってしまった気になる。

 

本来、外で歩いて瞑想をする時にも病人か死人のように目を閉じ耳も聴こえないようなふりをして歩くべきところが、実際にそうなるまでに数日かかった。瞑想センターの中では「ディスカバリーチャンネル」並みのたくさんの発見があったからである。

 

歩道を歩く時何気なく空中を見上げると、ざっと手のひら大の大きなおどろおどろしい蜘蛛が目に飛び込んでくる。全体に目をやるとクモの巣は1メートルくらいの大きさだろうか。

 

怖がる気持ちを抑えてよくよく見てみると、器用に糸を出しながらクモの巣を張る様子が職人技のようにも見えて、だんだん愛着がわいてきた。

 

橋の上から大きな樹を眺めていると、複数の葉っぱが白い糸状のものでくっつけられてラグビーボールみたいな塊になっている。目を凝らしてよく見ると、どうやらアリの巣になっているらしい。

 

(野生生活はおもしろいなぁ〜)と思いながら自分の部屋に戻ってトイレに入るとトカゲがいる。小さい体なのに結構大きな声で鳴く。

 

シンガポールでもトカゲは室内でよく見かけるので別段、驚くことでもない。が、ある時、便器の横でひっくり返っているのを発見してしまった。

 

(ギャァぁぁぁぁ)と心の中で叫んだ。

 

仰向けになっているということは死んでしまっている可能性が高い。でもとりあえずそのままにして様子を見ることにしてトイレを出た。

 

再びトイレに入ると、なんと仰向けのまま移動している。ということはやっぱり生きている。悩んだ挙句ちょっと水をかけてみることにした。元気に生き返るかもしれない。

 

水をちょっとかけるやいなや、早急に動くとなんと!壁と床の小さいすき間に入ってしまった。全く予想外の出来事だった。

 

(ギャァぁぁぁぁ、ありえない)と再び心の中で叫んだ。

 

あのすき間の中は一体どうなっているんだろう。中でそのまま死んでしまって、かぴかぴになってしまうのだろうか。いろいろ想像すると怖いので、あまり考えないようにしてトイレを出た。

 

一晩明けて再びトイレに入った時には再び仰向けになったトカゲが現れた。でも今回は縁全部にアリがたかっている、ということは確実に死んでいる。

 

(ギャァぁぁぁぁ、もうダメ)と心の中でムンクの叫び並みに絶叫した。

 

もう無理、さすがにくじけそうになった。自然の中でハイジモードで幸せいっぱいだった私は、早くも暗黒の世界に引きずり込まれた。

 

さらに少しだけ冷静になると、トカゲの死体のそばには元気なトカゲがいるのに気が付いた。まるで同胞の死を悼んでいるようだ。

 

(これも瞑想修行の一環なのか。う〜っ、ここにお父さんがいたら助けてくれるのに。でもお父さんいないし。そうか、私がお父さんになればいいのか。)

 

もしお父さんだったらこの状況で何をするのだろうか、と考えた。とっさに外に出てホウキとちりとりを探したらいくつか壁に立て掛けてあった。

 

即座に持ち込みトカゲの死体をそっとホウキでちりとりに乗せる。驚いて散らばるアリに気付きながらも、大急ぎで中庭にそっとトカゲの死体を置いて冥福を祈った。

 

「お父さんモード」になると一瞬で物事を解決できる。長く生きている割にハイジモードがデフォルトな私は、お父さんに対する感謝の念が心の底から湧いているのを感じていた。