禁煙コーチングという親孝行

父はヘビースモーカーだった。どうやらタバコを片時も離せなかったらしい。1日に吸う量は2箱。家の壁は茶色っぽくなるし、カーテンを洗うと水は紅茶のように濁るほどだった。

 

(どうしてわざわざお金を出して煙を吸うのだろう。)、健康オタクの私には全く理解できないが、はたから見ていて禁煙って難しいんだろうなぁと感じていた。

 

しかし、母を末期癌で亡くしてから、父にはぜひ長生きして欲しいという想いが強くなった。

 

世界遺産が大好きな父と一緒に、私は母の代わりとなって一緒に旅行に行った。海外はフランス、イギリス、インド、カンボジア、マレーシア、シンガポール。国内は和歌山、東北地方など自然を堪能した。

 

日本の自然は本当に素晴らしい。空気もキレイだ。白神山地など美しい森や滝や川の透き通る水を見ているだけで心が洗われるようだった。

 

にも関わらず父は相変わらずタバコを吸っていた。澄み切った空気を深呼吸できて満喫できるまたとない機会なのになぜなのだろうか。

 

その時、私は父に禁煙コーチングをすることを固く誓った。自分が学んできたコーチングを活かして実際に禁煙に成功した事例はたくさんある。

 

決断すると即実行に移す。父には「せっかくこんなに空気がきれいなところに来ているんだからタバコを吸ったらもったいないよ。お食事中もタバコを吸うんだったら私は向こうで食べるね。」と席を移った。

 

なんという生意気な娘。ふたりで旅行しているのだから鬼としか言いようがない。私にも勇気が必要だった。そしてそれは私なりの確固たる決意を表明した瞬間だった。

 

旅行から帰ると当時まだ会社勤めをしていた父の勤務先に一番近い禁煙クリニックをネットで探して場所と住所を送りすぐ診察を受けるように促した。

 

「いつかは来ない、あるのは明日だけなので今すぐ予約して下さい。」という私の想いに父は答えるかのように翌日から通院を始めた。

 

まず最初に医師は禁煙パッチをくれるそうだ。実際に使用するとむず痒くなるらしく1週間で使用を辞めたらしい。

 

それと同時にタバコを止めると途端に食べ物が以前よりおいしくなってそちらに惹かれてタバコも吸う必要性を全く感じなくなったようだ。

 

それ以来、父はタバコを一切口にしていない。もうかれこれ10年ほど経つ。過去のヘビースモーカーぶりを思うとすごい変容ぶりだ。

 

ただ父に言わせると本音は「せっかくお金を出してわざわざ娘を旅行に連れて来てあげてるのに何で一人で食事せなあかんねん。」という腹立たしい気持ちになったのがきっかけだったようだ。

 

しかもしまいには食事がおいしくなってどんどん食べてしまって太るという「副作用」の弊害を私に訴えてくる始末である。

 

とはいえ、父が何を言おうと今でもこの禁煙コーチングが唯一にして最大の父への親孝行だったと胸を張って思うし、我ながらよくやったと感心して今でも周りに自慢しまくっている。