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心と体に効く瞑想 <第九回> 〜2ヶ月後の効果〜

ミャンマーで10日間の瞑想を終えて早2ヶ月。たった今、宝くじで3億円当たったら、上司、同僚、クライアントの許可を得て、真っ先に瞑想センターに向かいたい。

 

今度は他の尼さん達に敬意を表する意味も込め、かつ髪の毛を洗う手間を省く意味も込めて、丸刈りにして最低でも3ヶ月はこもりたい。

 

「宝くじで3億円当たったら」というのと、精神世界を追求する「頭を丸刈りにして瞑想センターに3ヶ月こもる」というのは一見、全く矛盾している。

 

厳密にいうと、私自身が何もしなくても数年間くらい生きていける余裕と、家族に対して思う存分、恩返しできると思えるくらいの金額を少し上回る金額であれば良くて、そういう意味では3億円は多過ぎる。

 

けれども、その多過ぎるお金を手に入れたとしても、真っ先にしたいことが、今の私の場合「頭を丸刈りにして瞑想センターに3ヶ月こもる」ことだと表現したかった。

 

「10日間の瞑想って聞くと、長く感じるけれど実際には行ってみると足りないって思うよ」と言われた。その言葉が今でも胸にしみる。今、振り返ると全然足りていない。

 

もっと瞑想したい。実際に時が経つにつれてその想いは日に日に強くなる。10日間の瞑想を終えた私は強くなったのだろうか。結論から言うと、瞑想に行く前の私と比べるといろんな意味で強くなったと思う。

 

ぜんそく持ちの友人が病院に担ぎ込まれた時に「あと5分、遅かったら危なかった」と言われて数日間、入院した。その後、通いで2週間瞑想して、人生観が変わったそうだ。

 

「自分が今まで気にしていたことがどうでも良くなった、死ぬ時には何も持っていけないしね。」以前にも増して目を輝かせながらまぶしい笑顔でそういった。

 

人は裸で生まれ、最低限のものを身に付け死んでいく。最後はそれすら燃やされてしまうから「あの世」と言われているところにも持ち帰れない。

 

そんなこともあって、瞑想を終えてから今日まで、気持ちの中で宙ぶらりんになっていたことに1つずつ向き合った。行きたい場所に行き、会いたい人に会った。

 

瞑想の効果を一言で言うと「他者からどう思われるか」という「外からのノイズ」より、「自分がどう思うか」という「内側から湧き出る泉のような声」に率直に反応できるようになった。

 

毎日、ちょっとずつ自分に負荷をかけながら最大化をはかるので、1日に何度も「死にそう」と弱音を吐きたくなることもある。

 

それとほぼ同じ瞬間に「意外と生きていける」と思う。1日の中で既に何度も輪廻転生しているのだから、生まれ変わるのは今世で最後にしたい。

 

いつ死んでもいいように生きる。これも矛盾して聞こえるが、一番大切なことだと思う。