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心と体に効く瞑想 <第五回> 〜殺生とは〜

ミャンマーの森の瞑想センターにある瞑想室は2階建て。傍には屋根のある廊下があり、その真横に貯水池がある。

 

座って瞑想をする時は大抵瞑想室で行う。歩いて瞑想をする時には室内で歩いても良いし、脇にある廊下や瞑想センター内を歩いても良いが、男女分かれているので男性の瞑想のお部屋や宿泊施設に行ってはいけない。

 

瞑想をしている私達はヨギと呼ばれる。瞑想そのものに宗教色は無いが、毎晩6時から故ウ・パンディタ・サヤドウ氏の録音された講話を英語の逐次通訳付きで聴くので、仏教の教えも学べる。

 

その中に「殺生を控える」というのがある。私はほぼベジタリアンなのでどちらかというと控えている方だと思っていたが、初日からこのテーマについて考えさせられた。

 

夕方以降は瞑想室の灯りを求めて蚊が入ってくるので日が暮れる頃に網戸を閉める。それでも出入りする時にスッと入ってくる蚊がいるので個別の蚊帳が用意されているのだ。

 

私も暗くなってから早速蚊帳を使ってみた。蚊よけスプレーをしているのでかまれる心配は無いもののネットに囲まれて生まれる自分だけの空間が集中力を促す役割まで果たしてくれることに気が付いた。

 

シーンと静かになって良い感じに瞑想モードに入る。すると「ブーン」とあろうことか耳元で蚊の鳴き声が聞こえるではないか。

 

(ありえない。。。)いつもの私なら「バチッ」と何のためらいもなく両手で殺していた。血が出てきた時にはこれ以上の犠牲者を出さずに済んだぐらいの正義感に満ち溢れていた。ところが尼さんに囲まれた私にそんな行動は許されない。

 

冷静かつ即座に蚊を追い出しにかかった。ところが蚊は蚊帳の上の方にどんどん逃げる。ちょっと待ってから蚊が下の方に来た瞬間に蚊帳の裾を持ち上げる。するとまた上の方に逃げるのだ。

 

個別の蚊帳はカーテンを引っ掛けるフックでワイヤーにぶら下げている。そしてこのワイヤーは瞑想をしているヨギ、全員分の蚊帳をひっかけているため、誰かが動くと振動が伝わる仕組みになっている。

 

これ以上動くと他のヨギの瞑想の妨げとなると感じた私は蚊帳の中で蚊とふたりっきりの時を過ごすこととなった。蚊を殺さずに済んだし、かまれなかっただけ幸いである。

 

これを機に以前にも増して「殺生を控える」というのを意識しだした途端、視点が変わりだした。ある時、目をつむりながら瞑想をしているヨギがうっかりアリを踏んでしまったのを目撃した。

 

(はっ!)として即死したアリを眺め続けた。周りにいる他のアリは自分の役割に必死で何事も無かったかのように歩き続けている。

 

そんな中、ある一匹のアリが即死したアリに気付き、パニックしたようにグルッと円を描くように何度か周ったかと思うと即死したアリを担ぎだしたのだ。

 

自分と同じサイズの即死したアリを担いで皆が歩くのとは別の方向に歩き出したアリ。同胞の遺体をどうするのだろうか。そんなことに想いを馳せた。

 

以前、お寺で僧侶に私が普段、ほとんど野菜しか食べないことを伝えると「野菜だって生きたい。人間は殺さずには生きられないのです。」と教えられたのを思い出した。

 

生きている以上、殺さずに生きることはできない。それをわかった上で小さな虫達すら「殺さない」と決めた。この決断で一番救われたのは自分自信だろう。心の中にやっと小さな平和が訪れた。