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「ドキドキ」と「キュンキュン」の違い

「ゆみちゃん、一緒にチャプチャプしよ〜う♡」それは言葉を話せるようになったばかりの姪っ子からのかわいすぎるリクエストだった。

 

私は甥や姪に「ゆみちゃん」と呼ばせている。まだ未婚で子供もいない自由気ままな私は「おば」と呼ばれる資格がない気がするからだ。

 

ついでに言うとおままごとで「お母さん役」を頼まれても「妹」あるいは「ペット」しかしない。「長女」の私は、もしも生まれ変われるなら一生甘え倒して生きたいという願望をひそかに持っている。だからせめておままごとの時くらいはそんな夢を叶えたいのだ。

 

スマホに目をやる私に同じリクエストを何度も繰り返す愛おし過ぎる姪っ子に、私はとうとう根負けして、一緒にチャプチャプした。

 

浴槽の中で数々のバスタブのゴム製のオモチャと戯れたり、浴槽のお湯をかけあいっこする。プクプクした姪っ子。何をしてもかわいい、かわいすぎる。

 

いつの間にか姪っ子のホッペがピカチュウ並みに真っ赤っかになってきた。これ以上浴槽に使っていてはマズい気配を感じ、意を決して浴槽から上がる。

 

お風呂上がりにお母さんにタオルに巻かれている姪っ子。相変わらず真っ赤っかのピカチュウホッペと黒目がちな瞳で私をまっすぐ見てこう言った。

 

「ゆみちゃん、大好き♡」

 

「♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」

 

その瞬間、私は生まれて初めて感じる感覚に全身が包まれた。この感覚は何だろう。あえて表現するならば、心がキューンとなった瞬間だった。

 

ピュアラブというのはこのことに違いない。その日を境に私の心は「ドキドキ」ではなく「キュンキュン」としか鳴らなくなってしまった。

 

「ドキドキ」と「キュンキュン」の違いは何か。僭越ながらこれまでまあまあ長く生きてきた経験に基づいて独自の見解を述べたい。

 

「ドキドキ」とは緊張してナーバスになった時に多く見受けられるのに対して「キュンキュン」とはときめいてワクワクする感覚と同時に癒しが起きる。

 

「ドキドキしている」時には通常、自分に意識が向かっているので「よく見られたい」とか「悪く思われたらどうしよう」という自意識が働く。

 

「キュンキュンする」場合、相手に対して意識が向かっており、無条件で「相手を包み込む」とか「相手の願いを叶えたい」と思う。でもそこに自己犠牲はない。

 

「キュンキュン」とはなんてすばらしい現象なのだろうか。これがあの「ときめき」だろうか。とうとう「ときめきの本質」に触れた瞬間だった。

 

そして長年「癒し」を研究してきた結果、「ときめき」こそが「癒し」そのものだという結論に至った。

 

それ以来「キュンキュン現象」が止まらない。子供を見ると「キュン」、ノラ猫を見ても「キュン」、野に咲く花を見ても「キュン」となる始末である。

 

何を見ても愛おしく思える。確実に言えることはQOL(クオリティーオブライフ、訳して人生の質)が格段に上がったということだ。

 

なんということだ。「キュンキュン」のもたらす効果は絶大だ。次回からは具体的にどんな良いことが起きてきたのかについて事例をもとに検証していきたい。

 

続く