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気がつけばベジタリアン パート1

長年、私は文字通りの「肉食女子」だった。一番の大好物はとんかつ。関西人なのでソースは必須アイテム、今でも郷愁をそそる。だからシンガポールの週末にはとんかつ専門店「とん吉」にあしげく通った。とにかく豚が好きでお好み焼きといえばぶた玉、肉まんは豚まんしかありえない。アイ♡ポーク。これでもかというほど豚にフォーカスしていた。

 

 

そしてごくたまに赤ワインとステーキを一人で食べに行ったこともある。さらにごくごくたまにはフォアグラも頂き、ラッフルズホテルのサンデーブランチで頂くのがベストだと心得ていた。

 

 

にもかかわらず、私は今、ベジタリアンだ。野菜しか食べない。というか食べれなくなってしまったのだ。もうこれは自ら意図してなったというより、導かれたと言った方がしっくりくる。今でも不思議としか言いようがない。

 

 

きっかけを思い出すと昨年に遡る。その日は特別で、マレーシアとシンガポールで2国間をまたがって連続して3回も「ビーフを食べれない」という方にお会いした。

 

 

お一人目は宗教上の理由でビーフは食べないという。確かにアジアの仏教徒の間では観音様のお父様の生まれ変わりの牛を食べない方が多い。それは以前からよく耳にしていたことだったけれど、ビーフで有名な神戸っ子の私は「ふーん」と聞き流す程度で敢えて意識するでもなかった。

 

 

お二人目にお会いしたのはたまたまルートを変更して高速バスではなく電車に乗っていた時のこと。向かい側に座ったインド人男性は、私たちが日本人だと知ってフレンドリーに話しかけてきた。彼は以前、当地で日本の牛肉レストランの開店に携わったようだ。

 

 

ところが彼自身はヒンズー教徒なのでベジタリアンである。「ビーフを食べずにどうやってビーフレストランを立ち上げたの?」と目を丸くする私に「食べなくてもビーフの美味しさの基準は勉強したし品質基準は守れるから」と爽やかに話してくれた。なんとも不思議な気持ちになった。

 

 

三人目の方もまた観音様を信仰しておられる方だった。「ビーフは食べれますか?」と訊くと「いえ、食べません、観音様を信じているので」と笑顔で返事が返ってきた。「実はそうおっしゃるのはあなたが三人目なんですよ、不思議なことに!」と伝えると自身の体験談を話してくれた。

 

 

もうずいぶん前のこと。彼女のご家族は夜に転んで頭を激しく床に打ちつけてしまったことがあったそうだ。病院に駆けつけると、床は吐血で真っ赤に染まっていた。テレビドラマかと思うほど自分たちの身に起きたことは信じがたい。CTスキャンにははっきりと血栓が映り込む。翌朝には大手術をしなければいけないという事態に見舞われた。

 

 

家族として自分ができることは何だろう。いてもたってもいられず、翌朝の早朝、お寺さんが開くと同時に観音様に祈った。「どうか妹の怪我を治してください。これまでこんな風に観音様にお願いしたことはありませんでした。でももう二度とビーフを食べないと約束します。どうか治してください」と。

 

 

それから数時間以内に病院を訪れた。再びCTスキャンで確認すると、くだんの血栓が消えていたそうだ。何かの手違いではないか、医師自身も目を疑うほどだった。結果、手術は不要だっただけでなく、後遺症もなく今ではすっかり元気に日常生活を送っている。

 

 

「本当にもうビーフを食べないの?」「これまで3回食べたことがあったの、意図的に。周りが食べてると美味しそうだから。でもそういう時は決まって良くないことがおきたわ。全く気付かずに食べてしまう時は何も起こらなかったんだけどね」

 

 

(へぇ~、そんなことってあるんだぁ~)と心から驚いた。そしてこのメッセージはきちんと受け止めないといけないと直感的に感じた。そうでなくても昔から連続して同じメッセージを受け取る時には、必ず何か意味があるのではないかと真摯に考える習慣もあった。私はクリスチャンなのになぜこのような方達に連続してお会いするのだろうか。不思議に思って検索してみた。

 

 

するとある方のブログにたどり着いた。このブログは私の謎解きの役に立つように感じられた。残念ながら先ほど検索しても出てこなかったので、うる覚えの記憶だけを頼りに内容を簡単に記載してみる。

 

 

そのブロガーのお母様は、突如として(牛を食べてはいけない)というメッセージを受け取ったそうだ。半信半疑だった彼女は「これから催事場で出店する特別展示会で(いつもの期待値を上回るほどの)ある一定の売上を達成したらビーフを食べない」と決めてみた。

 

 

そうするとその展示会ではいつも以上によく商品が売れた。それだけでなく、会期中に現れた方が手を当てて癒してくれたおかげで、長年悩まされていた膝の痛みも取れたらしい。

 

 

最終日には同じ方が再び現れてたくさん購入して下さった。無事に売上高を達成できたらしい。後日、お礼をさせて頂くため連絡先を控えたそうだ。

 

 

日を改めてその連絡先に連絡をすると連絡が取れない。振り返ってこれは観音様のおかげに違いない、と思われたとのことだった。

 

 

(ほぉ~!!!)マレーシア、シンガポールのみならず、どうやら我が母国、日本でも不思議なことが起きているらしい。

 

 

(ふむふむ、なるほど~)と思いつつも、いたって冷静に他人事感を保っていた。だって私は生粋の「肉食女子」なのだから。そんな簡単に「覚悟」は決まらない。肉汁したたるミディアムレアなおいしいビーフを手放すだなんて。もう赤ワインと一緒に食べられくなるなんて、それは無理~、絶対に無理~。ムンクの叫び並みな絶望を引き起こしかねない一大事にしか思えなかった。

 

 

気がつくとなんだかんだもう良い時間になっていた。こうなったら寝るしかない。最後はいつもの神頼み。「夢の中で答えを下さい!」と言って思い切って寝た。

 

 

すると、全く想像もしていないことが起きた。寝ているにもかかわらず涙がボロボロ、ボロボロと止まらなかったのだ。形容するならそれはまるで滝のよう。涙の数を数えられるとしたら相当な数に違いないから数え切れないはずだ。涙腺というダムが決壊したかのようだった。

 

 

朝起きてもその感覚がしっかり残っている。目は腫れぼったく顔全体が湿っている。なんだったのだろう、何が起きたのだろう、自分に。ただ一つ言えるのはその涙によって自分がまるで滝行でも受けたかのように浄化された気分になっていたことだった。

 

 

翌日の夜は女子会だった。ディナーの席で早速この「不思議体験」について大いに語った。「だから、これはもうビーフを食べないでね、っていうことだと思うわけで。だから今日はビーフを食べるのをやめておくわ~、なんかよくわからないけど(笑)」と言うと「そうだね~、じゃあサテー(と呼ばれる串に刺したお肉、焼き鳥のような食べ物)もビーフは抜きで、チキンとポークをみんなで食べようね♡」と心優しいお友達が買いに行ってくれた。

 

 

各自、買ってきた食べ物をテーブルに並べる。その中にサテーの2皿がテーブルに並ぶ。「チキン」と「ポーク」、そう思って口にした。いつも食べる「チキン」だった。次に「ポーク」を口にした瞬間「うっ」と声を上げて思わず咳き込んだ。「あっ、ごめん、それビーフだった(笑)、言うの忘れてたわ~。サテーってマレー料理だから(イスラム教と向けでハラール)だからポークってなかったのよ」と明るく爽やかに訂正された。「確かに~」と答える私の目には再び涙がにじむ。

 

 

そうか!ということは今、私には「ビーフを口にしただけで、厳密に言うとちょっと噛もうとしただけで咳き込んでしまう現象」が起きてしまったのだ。まさか、昨日の今日で?そんなに早く?いよいよビーフは食べれない体質に変わってしまったらしい。

 

 

ふと、ビーフを食べないと私に告げた「3番目のメッセンジャー」のお父様のことが思い浮かぶ。腫瘍が見つかったので精密検査を受けなければいけないのだそうだ。大きさは既に1.5センチ、ご家族の気持ちを思うと不安になる。

 

 

「ビーフを食べれなくなったのでお祈りが叶いやすいかも」と思い付いた。ビーフが食べられなくなかったことを嘆き悲しんでいる場合ではないのだ。即座に「お父様の腫瘍が消えてなくなりますように」と入念に祈った。

 

 

しばらくして友人に再会した。「お父様の精密検査の結果はどうでしたか?手術は必要ですか?」と訊くと「それが腫瘍が消えてしまったんですよ、ホッとしました!」

 

 

一連のお話を内科医や外科医の方にもシェアをした。CTスキャンに映り込んだ血栓や腫瘍が消えてなくなることなどよくあるらしい。お医者さんが言うなら本当にそうなのだろう。きちんと「裏をとる」ことは大切だし、私はプロの言うことは素直に信じる。だからこそ私に起きた不思議な出来事も必要な方に届くといいな、という同じく素直な気持ちだけでここに記録として止めたい。

 

続く