長女の生き方

「第一子は、初めての子として両親の愛を独占する。しかし、第二子の誕生とともに突然『王座と特権』を奪われるのだ。その後、かつての『帝国』を取り戻そうとするだろう。」ツイッターでフォローしている「アドラーのことば」からの引用だ。

 

これは非常に興味深い。私は4人兄弟の一番上の長女。年子の弟がいるので本当にあっという間に「王座と特権」を奪われたのだと思う。それも無意識のうちに。

 

この無意識というのはとても役に立つ。自転車に乗れるようになる、というのも意識的な行為はある時から無意識にできるようになった結果だ。それと同時に厄介なことを引き起こすこともある、というか面倒なことの方が圧倒的に多いのかもしれないとすら思う。

 

小さい頃から負けず嫌いだった。いつも自分から弟に喧嘩をふっかけるほど。でもどうしてそんなに闘争心が強いのかわからなかった。お気に入りは「アルプスの少女ハイジ」、いたって平和主義のつもりが、なぜだかわからないけれど、気が付けば本能的に戦おうとしてしまうのだ。

 

冒頭のアドラーの言葉を読んでハッとした。無意識レベルで「奪われた」と思ってしまったから「奪い返しにいかなければいけない」という思いが根底で常に働いてしまっていたということに気づいたのだった。

 

「奪う」からには「奪われる」し「奪われたらどうしよう」という取り越し苦労や不安がいつもついてまわる。そしてせっかく「奪った」ものは手に入れた途端、不要となるからいつまでたっても「奪い続ける」しかないのである。

 

なんと恐ろしい不毛な悪循環!「奪う」発想がある以上、何も生み出さない。時間も労力も全て水の泡。そしてふと周りを見渡せば「奪い合い」はありとあらゆるところで繰り広げられていることに気づくだろう。

 

だからもう「奪う」のをやめてみる。無意識だったから今度こそ意識して。「奪わない」と決めれば、自然と向こうからやってくる。